その他
ブログ内検索
 戻ってきてしまった……成田空港。これからまた、日常生活が始まるのだなぁ。旅行の後の虚脱感と充実感がどっと襲ってくる。

 T村が缶ビールを片手に言う。
「とりあえずイタバシ、あの屋台で売ってるソーセージでも食べようぜ」
「おう、そうだなT村」
「ひとつくださーい」
「幾らですか?」
 売店のおばちゃんは、青い目をきらめかせて答える。
「Zwei Euro!」
「2ユーロね、と。……はい」
「Danke!」
「いえいえ。って! ここフランクフルト?」
「Ja.」
 売店の、白人のおばちゃんがにこやかに俺たちを見る。

 スティックを両手に持ったSPEEDEMONが言う。
「因果なものだな、イタバシ……。こんなタイミングで、ドイツに到着してしまうとは」
「そうだな、SPEEDEMON」
 ターバンをほどきながら、きとぷんが尋ねる。
「フッ、それで、どうするんだ? イタバシ」
「決まってるじゃないか。これからドイツ周遊旅行が始まるんじゃないか」
 T村の関節を極めながら、ジェシーがきとぷんに向かって言う。
「愚問でしたね、きとぷんさん」
「クククッ、違いないな、ジェシー!」
 そうなんだ。もちろん、そういうことさ。

 俺たちのドイツ旅行は、いま始まったばかりだ!

(ドイツ旅行記2007年版・完)



【追記】
 皆様もちろんお分かりのこととは思いますが、インドには行っておりません。念のため。
 万一、検索か何かでたまたまこのブログを見てしまった人がいたとしたら、ごめんなさい。本当にごめんなさい。
 飛行機の出発までちょっと暇があったので、映画を観て時間をつぶすことに。現地で公開されていた映画。

『チャーリーとこども工場』
 粗筋は「凶暴化したコウノトリ集団が人間男性の陽物を食いちぎるテロル事件が多発する近未来のロサンゼルス。繁殖方法の多様化・自由化を主張するコウノトリ過激派を殲滅するため、MAT(モンスター・アタック・チーム)がいま飛び立つ……!」というものだった。

「レオナルド・ディカプリオがかっこよかったなぁ……」
「うん、かっこよかった……」
「その他のシーンはあんまり印象に残らなかったなぁ……」
「……そういえば、そうだな……」
「この旅日記ブログ、後半の失速ぶりが甚だしくなかった?」
「……そうかもね……」
 今日もバハラタで無為に過ごす我々一行。この村の暮らしは、「三食カレー付き」である。つまり、三度の食事とは別に、カレーを食べるのだ。無論、三度の食事もカレーである。

 せるばそさん(フランクフルトの件参照)から携帯電話に着信。すかさず取る。右手で。
「いまヴァッケンにいます」
「おお!」
「――と、言いたいところなんですが、間違ってポルトガルに着きました」
「ポルトガ?」
「黒胡椒を持ってくれば、船がもらえるらしいんですけど」
「船?」

 よく分からんが、こっちで胡椒を購入して、エアメールで送ってあげた。
 ドイツではヴァッケン本番……のはずだが、インドで日がな一日カレーを食べて終わった。バハラタで食べるカレーは涙の味がした。
「ヴァッケンに行きたかったのに」
 世界最大のメタルの祭典『Wacken Open Air』が始まっているはずの時間に我々のいた場所は、バハラタであった。

 せっかくだから黒胡椒でも買うかと、市場へと歩いた。広場の入り口が、何らかの塊で覆われていた。このままでは広場に進めない。
「何だ、これは……?」
 周囲を見ると、現地人も困り顔である。
「この色は……日本人の肌の色に見えるが」
「イタバシさん。これは恐らく、筋肉ですね」
 ジェシーが、厚く巻かれた包帯の向こう側から冷静に分析結果を述べた。
「筋肉……!?」
 一体どれだけの筋肉トレーニングを続ければ、こんな境地に達することができるのだろうか。インドには不可解なことが多すぎる。

 その時、筋肉の影からチラリと女性の顔が見えた。
「ゲーッ!? 君はフランスを周遊しているはずのクラッチ氏!」
「イタバシwwwwちょう慌ててるwwww」
「そのリアクション、T村とまったく一緒じゃねぇか! 何なの一体?」
「T村もすなるインド旅行なるものを、私もしてみんとてするものなり」
「『土佐日記』風に言うところまで同じだとは!」
 ともかく、筋肉の固まりの正体はクラッチ氏であった。

 広場に入る邪魔になるから、とひとまずクラッチ氏を撤去すると、村の電波状況も改善されたようだ。
 死村ソード氏から電話があった。
「もしもし。……あ、ソードさん! ども!」
「ミュンヘンで合流する約束だったのに、いなかったんですよねイタバシさん」
「すいません。色々ありまして。……で、ソードさん……今、どこにいるんですか?」
「ヴァッケン」
 この人だけ! この人だけ無事にドイツに到着してるよぉぉぉ! なんてこった。最も危なげな旅行をする男として名高いこの人が……いや、今は言っても仕方ないことだ。この状況をポジティヴに利用しなくては。
「ソード兄貴! せめて会場の様子だけでも、この携帯電話に写メってくれませんか!?」
「え……。いいっすよ~」
 送られてきたのがこの写真である。



 会場の様子じゃなくてあんた自身の様子かよ! しかも前回「来年は白塗り道具を持ってきます!」と言ってた通り、白塗りもしてるし。あ~この人はヴァッケンを満喫してるんだな~とか思った。思った!
 次の町に移動しようと、バスターミナルにやってくると、おもむろにSPEEDEMONが口を開いた。
「イタバシ。あの看板を見ろ」
「え? なになに。デリーまで500キロ、ニューデリーまで700キロ、……分倍河原まで60キロ!?」

 世界四大都市――――新宿、渋谷、池袋、――――そして分倍河原。なんと、意外なことに、インドは四大都市のひとつである分倍河原に日帰りのできる距離だったのである。げにも、インドは不思議な国である。

「インドだからカレーだけにブバッい河原という意味も含まれているのだ」
「まんがサークルの内輪にしか通じないネタはよしなさい」
「ちょっと黄色い」
「黙れ」
「そっちこそブシ殺すぞなんつってなグハハハ」

 それは初日に言ったのと同じ駄洒落だった。SPEEDEMON――恐ろしい男だ。
 インドからインドへの移動の途中、トイレ休憩で立ち寄ったある田舎町をぶらぶら歩いていると、広場に出た。そこでは櫓(やぐら)が組まれ、顔を様々な色に塗った現地民達が上ったり飛び降りたりしている。
「むっ、あれは?」
「知っているのか、SPEEDEMON?」
「楽しそうだな!」
「あほかー!」

 一体何の儀式か分からないが、彼らが楽しそうなのは事実なので、我々一行はぼんやりと眺めていた。
 そこに一人の男がやってきて、我々に話しかけた。
「インド旅行を満喫しているようですね」
「ゲーッ、お前は! 千葉の飛行機場で誤ってハワイ行きの便に乗り、今頃オアフ島でバカンスを過ごしているはずのジェシー! なぜ、お前がここに!」
 セリフの中で説明されている通り、成田空港まで同行していた男、ジェシーが立っていた。ジェシーというのは単なるあだ名であり、本名はジェシー・メイビアであり、返し技の達人だが免許だけは返してもらえず、ヤマジュンに詳しくノンケでも平気で食っちまう男なんだぜ?
「これが現地の成人の儀式です」
「聞いてねえな」
「足にロープをくくって高いところから飛び降り、勇気を証します」
「ふーん。バンジージャンプって南洋の儀式じゃなかったっけ?」
「インドにも、同じ儀式があるのです。ここでは、『一事がバンジー』と言い習わされております」
「上手いこと言ってるけど、それは日本語だなあ」
「そろそろ私の順番ですので、ホイホイ行ってきます」

  ざわ…

「えー? お前インド人じゃないだろ?」
「ていうか、年齢が合わないんだが」
「危険だ! 空気の中に危険が満ちている!」
 だがジェシーは、一同の警告を黙殺した。
「むっ、イタバシ」
「どうした、SPEEDEMON?」
「『バンジー』と『ガンジー』も何か似てるな」
「黙ってろ」

 そうこうするうちにジェシーは儀式の行列に加わった。すると鐘が鳴り、くす玉が割れ、シタールが演奏を開始し、花が乱れ飛んだ。
「おーい。どうした、ジェシー?」
「……どうやら、私が今年百人目の成人だとか」
「おお、すごいな。それで、何かプレゼントがもらえるの?」
 現地民と少し言葉を交わしてから、ジェシーが答えた。
「はい。特別にノーロープバンジーに挑戦できるそうです」
 ぞくり――俺の背中に冷たい汗が流れる。
「大丈夫。あいつは頑丈だから」
 ジェシーを長く知るきとぷんが笑顔で言う。頑丈といっても限度があるだろうに。
「あはー」
 拾った酒(または何らかの液体)でT村が酩酊している。
 見る間にジェシーは櫓の頂上に辿り着いた。ちなみにこの櫓、『キリンの背丈の三倍』に設定されているそうだ。インドキリンの背丈は、一般的なアフリカキリンの約六倍である。地上から見上げるジェシーの姿は、豆粒のようだ。
 彼は言葉通り、足をロープで縛らず宙に飛び出した。

 そして、伝説になった。
 T村の陰謀によりインドに降り立った俺たちは、仕方ないので今年もインド旅行に甘んじることにした。

 まずはムンバイからコルカタへの移動だが、途中で自動車の故障が起こり、何もない砂漠に放り出されてしまった日本人旅行者三人は、途方に暮れるのであった。T村はビールが切れて枯死しかかっていた。昨日衣類と陰毛を奪われた俺もまた、熱を隔てることが出来ずに苦しんでいた。

 見渡す限り、岩と砂の他には何もない……。
 いや、ラクダに騎乗したターバンの紳士が一人、遠くから近づいてくるのが見えた。
「あのラクダに乗せてもらえたら、楽なんだけどなあ」
「でもイタバシ、インド語、分かるか?」
「いや、分からん。SPEEDEMONは?」
「拙者、日本語と英語以外では、ヤナギサワシン語が好きでござるフハハハ」
「こいつ……暑さで頭を……」
 などとグダグダやっているうちに、ラクダの紳士は近づいてきた。
「フッ。随分困っているようじゃないか」
 思いもかけぬ流暢な日本語に顔を上げると、そこには……。
「そんなまさか……! お前は……!」
 千葉の飛行場で誤って宇宙ロケットに乗り、衛星軌道に乗ってしまったギタリスト、きとぷんがそこにいた。「激動のNarita」との異名は伊達ではないということか。
「クックック……。乗せてやってもいいんだぜ?」
「貴様! ――どうやって地球圏に戻ってきたッ!?」
「クククッ、これが連邦のエースパイロットの実力よ。遮熱フィルムさえ持っていれば、生身での大気圏突入も可能!」
「なんと……!」
「お前は化け物か!」
 騒然とする一同に向かい、きとぷんはChildren of Bodomの1stアルバムっぽく「フハハハハ」と笑うのであった。

 ともかく、我々はきとぷんの引いてきたラクダに乗って荒野を渡り、次の町に到着することが出来たのだった。

(C) & (P) 2003 - 2009 ITABASHI Minoru All Rights Reserved.