July, 2002

2002/07/24 歌詞のコーナーにジャケ紹介も追加。
2002/07/23 「バンドの紹介」ふたたび更新。
2002/07/22 「バンドの紹介」更新。
2002/07/16 「バンドの紹介」のコーナーを追加。
2002/07/09 「ライブ情報」に、今後の活動予定をアップロード。

 

文月二十八日 (日)

mp3「親父ハイウェイまっしぐら」を追加。
これは、懐かしの「フセインBOX」からの曲で、知らない人も多いと思うので、ダウンロードする価値は大いにあり。
たぶんIRON THUMBの中で一番速い曲だろう。

そうこうしているうちにサイト開設から三年。

飲み会に参加したのだが、色々あって主賓不在(約二時間)でも平気で進行する酒宴。酒って怖いわ。

アントニオ・タブッキ「供述によるとペレイラは……」読了。
まあまあ面白かったかな、と。
独裁色を強めていく1938年のポルトガル。
新聞社に勤めるペレイラは、反政府活動を行う青年たちにいつのまにか巻き込まれて…という話。
小説として出来は非常に良いし、翻訳も申し分ないのに、なぜかのめりこめなかったのは、やっぱりイタリア(タブッキは伊作家)も
ポルトガルも、ロシアに比べれば南国ムード満載なので、その辺が俺の気に入らないのかも。
「仕事がなくても政府に追われていようと、野宿してて凍死する心配だけはないんだろ?」と思っちゃって。
もちろん気温だけが問題じゃあないのだが、理屈で割りきれないのを感情と呼ぶわけで。
単に状況に流される主人公の性格が好きじゃないだけなのかもしれないし、太ってて心臓病を持っているのに毎日毎食レモネードを
飲んでいる主人公が気に入らないだけなのかもしれない。

と、俺がこんなことを書いているからといって、小説がつまらないわけではない。
むしろ面白いので、読む本に迷った時には手にとってみて欲しい。
最後には、胸のすく結末が待っている。
(しかしこの小説は…題名オチなのか?)

 

文月二十六日 (金)

六月の末に行ったライブは、ブッキングしてもらった会社「ドンドンバンドストック」から普通の社員と使えなさそうな社員の二人が来ており、
使えなさそうな方の社員は本当に使えない奴だったのだが、その使えない方から電話があった。
「最近どうなんですか
アイアンツームさんは」といきなり切り出されたので、適当にあしらって切った。
たぶんアイアンサムと言いたかったんだろうと思うのだけどもそれすらも推測の域を出ない。

受験のために英語を学ぶ必要は必ずしもないかもしれないが、最低限の教養として、人間生活の品質維持のため、
知っておかなくてはならない英語の知識というものはあると思うのだがどうだろうか。
上記の社員の場合には、きっと英語以外にも色んな知識が欠けているんではないかと思うのだが、しかし、罪を憎んで人を憎まず。
ただ、あんな社員にも給料を払っているドンドンバンドストックという会社が哀れに思えてきた。


この会社はつぶれるんじゃないだろうか、と思っても、アルバイトの身分ではそれに口をはさむことができない。
…という現象は、ちょっと思いついただけだが、きっと実社会においても起きていることなのではないか。
そして、「この社員には任せておけないな」と肌で感じてしまった時に、アルバイトは与えられている時給以上に
奮起してしまうものなのかもしれない。
いや、決して実例あっての話ではなくて、あくまでも推測なのだが。
まして俺のバイト先が今後どうなるか不安を抱いているだなんてことでは全くないんですチャイナ進出。

 

文月二十五日 (木)

「ポルトガル短編選集」を読み終えた。
いい小説の唯一の欠点は、いつか結末がきてしまうこと。
つまらない小説の唯一の長所は、いつか終わりが訪れること。
しかし、結末があってはじめていい小説と呼び得る作品もあるし、物理的に終わりが見えてこないからつまらなくなる小説だってある。
こうしたことを考え合わせると、「ポルトガル短編選集」は、短編だけが収録されているのでつまらない小説の唯一の長所のうまみが
拡大されることになり、読み終えると同時に虚無感疲労感に満たされることこの上なしの名作、といえるのではないだろうか。

ポルトガルの小説がこれだけだとは思いたくないのだが、しかし、つまらんなあ。ポルトガルの短編小説は。
なんでこうもつまらんかなあ。
日本人の嗜好に合わないだけなのか、俺の嗜好に合わないだけなのか、さっぱり見当もつかないが、とりあえず翻訳は下手
で、ほぼ全員政治色かカトリック色を漂わせた作風。閉口。
特にカトリック作家の作品におけるカトリック臭さといえば、もう、「怒りの葡萄」の最終章も裸足で逃げ出して、その後を
修道士カドフェルがやはり裸足で必死に逃げていくといった具合。
どうにかしてくれ!
(「怒りの葡萄」ってプロテスタントだったかもしらん。だとしたらすまん。)
十九世紀ロシアの水準に追いついてないというか、ソビエト時代の社会主義リアリズムと同レベルだというか、なんか、そんな感じ。


フルフェイスヘルメットを買おうと思ったのだが、バイク用品店は上野に行くのが確実なのだろうなあ。
なるべく、近場で済ませたいんだけど。

半ヘルで走っていたら、雨に降られて大変なことに。
つまり雨粒が顔に当たって痛い痛い。

そんなこんなでフルフェイス兜の購入は急務。

 

文月二十四日 (水)

サイト開設三周年を目前にして、更新しまくり。
本来なら毎日こつこつと進めているべきところをまとめて片付けただけだったりもするが。
許せ。しかし、忘れるな。 (お。
RAGEのボーナストラックの曲名みたいだ)


友人と二人で、waveファイル編集ソフトで遊ぶ。
何十メガという大きさになるファイルを意のままに弄ぶことを実現してしまう、驚異の新パソコンのお披露目。
で、
DARK MOORの最新作GATES OF OBLIVIONには、こんなに音が突っ込まれてるのか! とバンドマン〜エンジニアにしか
分からん驚き方をする。
しかし、マジであのレベルの突っ込み方は尋常ではないだろう。すげえよ世界のトップレベル。
リミッターがかかって、波形が一定の線でピタリと押さえられているにも関わらず、音の聞こえ方はかなり自然。
メタルだからこそ、こんな無茶が出きるんだろう……嗚呼……。
マスタリング技術にうっとり夢見心地。
そんなわけで、次の
IRON THUMBは恐らくリミッターでぱつんぱつんのトータルイコライジングばりばりで帰ってきます。

 

腐月二十三日(火)

メンバー紹介の箇所を少し更新。


ルイス・セプルペダ「カモメに飛ぶことを教えた猫」読了。
読みながら「これは、いかにも南米チリから亡命してきたグリーンピース活動家がポルトガルで執筆しそうな本だ」と思っていたら、
本当にそういう背景の本だった、という話。
そうなると当然、出版は白水社である。
いいなあ、俺も白水社に就職しようかなあ。

この本は、別に、新しい飛び方を開発したり、カモメたちの間で伝説的な存在になったり、新しい世界を発見したり、西海岸のヒッピーの
間で評判になったり、五木寛之に翻訳されたりしたわけではない。
これは単に、重油汚染で死んでしまったカモメの忘れ形見を、港の猫が育てるという物語。
実際のとこ、
「かもめのジョナサン」よりは「ルドルフとイッパイアッテナ」に似ている。かもしれない。

 

文月二十二日 (月) 「『とっとこハム太郎ソーセージ』の原料は魚肉か……」

復活した「
技術」のコーナーに新たに加えられたテクノはモンティ・パイソンネタなので、テクノを聴かない人でも、
モンティ・パイソンの好きな人は落として聴いてみて下さいな。

RUNNING WILD/UNDER JOLLY ROGER(1987)アルバムの二曲目とPILE OF SKULLS(1992)アルバムの日本盤ボーナストラックは
BEGGARS NIGHTという曲なのだが、どこにも同じ曲だという説明がなく、なぜそれが再録されているのかも不明。
PILE 〜に収録されている方の音源はリメイク。
典型的なRUNNING WILDの曲であるし、非常にかっこいい曲だ。

最近さる御仁から頂いた
MANIGANCEREQUIEMだが、前者は仏蘭西のバンド。
今度日本盤が出るらしい。
日本デビューするだけのことはある実力派メロディック・メタル・バンド。
後者は、出身国は知らないが、こちらもじつに力強いメロディック・メタルを聴かせてくれる素晴らしいバンド。

一般的に評価は前者の方が高いのだが、俺は力強さにこだわって後者を優先。
たぶん、初期の
EDGUYに似ている面があるのだと思う。
音楽的なひねくれ具合という意味では
STRATOVARIUSにも通じる。少しだけ。
REQUIEM/THE ARRIVALは、単調になりがちなメタル・チューンに独特のアレンジを施し、飽きずに聴かせようという気概がまた嬉しい。
欲を言えば、ベーシストにはもう少し頑張って欲しかった。
細かいフレーズは非常に器用に弾くのだが、そのテクニックと引き替えに突進力を多少犠牲にしている気がしないでもない今日この頃。


MANIGANCE/ANGE OU DEMON(マニガーンス/アンジュ・ウ・デモーン)について。
フランス語の辞典を紐解くと、ouは「または」「もしくは」「すなわち」。
英語のorに似てる単語なのだが、「すなわち」という意味も含むので、アルバムタイトルは、直訳すると「天使、または悪魔」或いは
「天使、すなわち悪魔」という意味になる。深いなあ。
ちなみにバンド名は「陰謀」の意味で、英語でいうとmachination也。
こちらは同じメロディック・メタルでもかなり爽やかなメタルで、ボーカルはちょっと下手なマイケル・キスクみたいな感じだ。


掲示板によくきてくれる偽音氏のサイト、
NSの場所が変わったのでリンクを更新。

 

文月二十日 (土)

海の日にちなんで海まで行ってきた。
脳の中で。
本当は寝ていた。

寝ながら
FIGHTの1stやFALCONERの2ndを聴いたりしていた。
気分はメタル。

夏に似合うメタルといえば
GRAVE DIGGERRUNNING WILDだと思う。
浜辺でかかっていれば、諸刃の斧をくわえたまま否応なく遠距離を泳いでしまったりできるのではないだろうか。
そして俺はきっと夏だろうと冬だろうと同じことを言うだろう。

 

文月十八日 (木) VENOMの前にVENOMなし VENOMの後にVENOMなし

敬称略。

祭丘ヒデユキの単行本を嫌がらせとして貸したところ、報復として沙村弘明「おひっこし」が回ってきた。
これがひっでえマンガでな、
VENOMを深く静かに愛する俺としては本当にどうしてやろうかという内容。
貸してくれたやつはメタルを聴かないので知らずにやったことなんだろうが、ちくしょう、一本取られたぜ。
どうして
VENOMのコピーバンドやってるのにギタリストが歌を歌ってるんだ?
そもそも
人間椅子でかっこいいのは鈴木であってワ●マなんか単なるオマケだろ?
そして大学生がデスとかグラインドのバンドをやらずに一体何のバンドのコピーをするというのか?
ギャルバンなんか全部死ね。
そして
VENOM(初期)はデスやグラインドを超えたところにいる偉大なバンドだということをこの際強調しておきたい。
あまりのショックに網膜パックリ!

……ま、沙村弘明がVENOMというバンドを俺と違う文脈で愛しているだけってのは分かるんだけどさ。
きっとVENOMのコピーバンドでギタリストがボーカルをとってるのは、沙村氏が人間椅子の和嶋ファンで、輪島の歌が
下手だってことに対することに対して敬意を表しているということなんだろうけどネ、などとさりげなく皮肉を交えてしまう俺は
オトナ気ない鈴木ファンでVENOMファンでクロノスファンなんだけどもさ。俺のほうがよっぽどオトナ気ないかもね(無毛)。
そういうアレコレは横においておくにしても、「おひっこし」は単なるラブコメでどうでもいい感じ。
というか沙村弘明の才能の無駄遣い以外のなにものでもないと。思う。

  ラララ土人くん ラララ土人くん ララララ (挿入歌)

でも単行本後半に収録の
「少女漫画家無宿 涙のランチョン日記」がめちゃくちゃすっげえ面白かったので全て帳消し。

んで一曲目が
WELCOME TO HELLでその次がLIVE LIKE AN ANGELというライブの選曲はいいと思う。

偶然だが
祭丘ヒデユキの新刊「コングラッチュレイプ」が発売された。
即刻買って帰宅。
相変らず極悪ドゥームメタルバンドも裸足で逃げ出すようなこの馬鹿さ加減。素晴らしい。
「我がソ連軍のように訓練の行き届いてないこっちの穴にな…!」
よくこんなまんがが商業単行本になるものだ、と改めて感動。
やっぱ祭丘ヒデユキはすごい人だよ。


上の文章を打っていたら「デスと神楽印度」なんて変換されちゃった。てへ。

あと、最近は
MANIGANCEREQUIEM

 

文月十七日 (水) 鼓手、英雄的な弓の運び、捕われる、ガラスのファッサード、花開く、四角の上の三拍子、牧歌。

大学の講義に前期分のレポートを提出しなくてはならなくて、しかも抽象芸術について3200文字前後書けという題目で、
そんなにたくさん書けねえよと愚痴っていたのだが、
パウル・クレーの図版を図書館から借りてきて、簡略な伝記とクレー自身による
創作理論を読みながら天然色図表を眺めていたところ、急激にクレーの作品が好きになってしまった。
今まで、というかクレーを好きになった今でもそうなのだが、芸術作品は、基本的に何の説明も何の前触れもなしに
突然鑑賞者に見せて(聴かせて)、しかしそれでも感動を与えることができるものこそが最高のものだと思っていたのだけれど、
題名・創作理論を併せて解説してもらって初めて感動できるものもあるんだな、と今更そんなことを感じた本日である。

パウル・クレー(1879-1940)ってすごく頭のいい人だったらしい。
芸術家は、なぜ絵描きのみに留まる必要がある? といってバイオリン演奏や哲学もやってたというから驚きだ。
少なくともヘヴィメタルしか表現手法を持たない俺にとっては驚愕の多才ぶりだ。
(もしも理論付けなしでアヴァンギャルド芸術やってるやつがいたら、確かに、それは単なる阿呆だろうが…)

キュビズムの創始者なのかと思っていたが、美術出版社刊の「クレー」にはまったくそんな言葉は使われていなかった。
そのつながりを否定するために一度出てきたほかは、まったくキュビズムという言葉を見かけなかった気がする。
どうなんだろう、そこんとこ。

なぜ抽象芸術のレポートでいきなりクレーを選んだかというと、「四角い絵を描いていて変なおっさんやなあ」と思っていたこと、
フィリップ・ディックが晩年に薬でラリラリになって「パウル・クレーの絵画のような映像が宙に浮かんでいるのを見た」と
発言していたことなどが理由だなんてことはさすがに恥ずかしいので大声で言えたことではない。

抽象芸術というのは、確かに小難しいもので、解説なしではパッといきなり見て感動できるもんでもないだろうが、解説つきで
感動できるのならば感動したもん勝ちだろう。となんだか無駄にhighな気分である。
ひょっとして単なる躁病?

パウル・クレーの絵画で気に入ったものは、今回の日付の横に書いてあるようなものども。
特に
「英雄的な弓の運び」は痛快である。
バイオリニストの躍動感のイメージが、
「鼓手」の死のイメージと対称をなして俺の胸の中に直接的に飛び込んできたのである。
ちなみに図書館から借りてきた図版には「鼓手」はモノクロームでしか掲載されていないのだけど、原色ではどんな作品なのだろう。
モノクロで見てさえこれだけ衝撃的なのに。
しかし、白と黒のコントラストだけで眺めるから、これだけ衝撃的に死のイメージが直に胸に突き刺さるのかもしれないけれども。

肝心のレポートは文字数の五分の四くらいまで引用で片付けた。


シクロフスキイ。オストラネーニエ。水野忠男。

 

文月十六日 (火)

一週間ぶりの更新でありそんなに忙しくないのに。夏ばてのせいにしておこうか。

「技術」のコーナー復活。新テクノ追加。

施川ユウキ「がんばれ酢飯疑獄!」第三巻を堂々購入。
いやー、相変らず面白いまんがだこと。ハハハ。
特にこの巻には、書き下ろしの短いコラムがたくさん収録されていて、雑誌を読んだ人でも単行本を買えば新たな楽しみが
得られる仕組みになっているあたり、にくい、施川さん、あんたにくいねえ。

 

文月九日(火) -2-

メンチー (ジャッキー・チェン「ポリス・ストーリー」)

暑い一日だった。
クーラーのない自室でギター録音を二時間・ボーカル録音を三時間ほど行うと、大幅にやせられる気がしてくる。
汗をかくだけでやせられるのなら、俺の部屋は減量に最適なのではないか。
といった一日で、依頼を頂いてた音楽と来週当たりから始まるIRON THUMB新作のボーカル用のデモ作りは一段落。

 

文月九日(火)

さて。
すでに九日が過ぎてしまったけれども、
IRON THUMBのライブに来てくれた皆様、本当にありがとうございます。
次回はIRON THUMBのお葬式ライブになるかもしれませんがね。
チケット代のほかに香典を数える楽しみも発生するのが、「お葬式ライブ」最大の楽しみであるということです。
その際は、事情により香典返しは省略させて頂きます。

ともあれ3000名ものお客さまに来て頂くことができて非常に幸せです。
お客さまは神様です。
神様というからにはヤオヨロズ人くらいいるんでしょうねえ。惜しい! あと八百万人ほど足りなかった。
当日は、
OUTBURSTのお客さんと合わせて6000人ほどの賑わいとなりました。
これで思い残すことはございません。
なお、事情により香典返しは省略させて頂きます。

T様、差入れをありがとうございました。

ヘルプドラマーのたけうちさん、ヘルプボーカリストのたけちゅうさん、あなたがたがいなければ、今回のライブは成功しませんでした。
この場を借りて改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。

IRON THUMB PALACE内「ライブ情報」に、今後の活動予定をアップロード。
興味のある方はそちらもチェックしてください。

 

文月八日(月) 矯正してやる!

サークル部室に
すぎさきゆきる「りぜるまいん」というマンガが置いてあったので流し読みしてみたのだが。
売れればなんでもいいのか、このアホウ。と、怒りを覚えた。世界に誇れない日本の文化。
「ラブひな(講談社)とか花右京メイド隊(秋田書店)とかでも売れるんだからカドカワ的にはこれでオッケーじゃん?」と
角川書店が言ってるんじゃないのか。言いながら笑ってるんじゃないのか!?
もちろんそんなモンが売れるのは買う人間がいるからなのだが、買っているアホウどもも視野に入れて怒りを覚えているわけ。
死ね、死んでしまえ。

俺は確かにオタクなんだが、そうした軟弱なクソオタクどもと一緒くたにされるのが死ぬほど嫌いだ。
クソの役にも立たないクソ自尊心だけど。

あと「サブカルといえば大田出版しか思いつかないんですけど」とかピントのずれた答えを返してくれた知り合いがいるのだが、
大田出版は見事にポップカルチャーでありオーヴァーグラウンドなのでお前は阿呆だ。

人間の精神が「萌え」とか「ハァハァ」とかいって腐敗していくのは
ヘヴィメタルを聴かないからだと思う。
そういう腐れブタどもを収容して
VADERCANNIBAL CORPSEの曲のキメを正確に覚えるまでは世間に返さずに
精神修養させるべきじゃないのか。きっとそうだ。

それから、日本人はもっと読書すべきだ。

たぶん、大概の人は「エロまんがオタクもリゼルマインオタクも大して違いはないのでは」と思うんだろうなああ。
しかも実際対して違いはないんだろうなあああ。やりきれないよ実際。死にたい。

「りぜるまいん」のファンの人とか「東京ミュウミュウ」のファンの人とかは上の文章を読んで怒るだろうけれども、
分かっててだまされている人に対してまで「死ね」と言ってるわけではないので、そのへんは履き違えないように。
つまり書店でそれらの単行本を買う時に「こんなまんがを買うなんて俺も随分ダメなやつだなあ」と独りごちている奴なら
問題ないってこと。
俺が槍玉に挙げたいのは、何も知らない中学生が「世間って意外と『人造人間の美少女がいきなり中学生の家に嫁入りしてきて
抱きつかれたり同じ布団で寝たり弁当を学校に届けてくれたり』というシチュエーションがあるものなんだなあ、萌え」となる状態。
20歳や30歳の大きいお兄さんたちが「やっぱ世間の生身の女の人はコワイヨー」といって逃げ場としてカドカワエースコミックを
選ぶのなら、ダメなのでOKだ。
しかし、そうしたダメな逃げ場に最初から逃げ込んでしまう健康な中学生男子と、それを食い物にして市場の低年齢化を進める
出版社とには、きっぱりダメ出しをしておきたいのだ。

ああ。もう何がなんだか。

似た話として:「マスターキートンってマスターモスキートンのパクリなんだよね」と言い放った中学生は実在するらしいです。はい。

要するにですね。
自覚あるオタクたれ。ということです。
好きなもんに金落として適度に萌えてりゃそれでいいんだろ? という態度は取るなと。


SENTENCED/THE COLD WHITE LIGHTを借りた。
こいつは強力にメランコリックでメロディックなアルバムだぜ。
三作前の
「DOWN」から離れるにつれ、逆にDARK SEEDとかBABYLON WHORESを思い起こさせるようなストレートなメロディ表現をする
バンドになってきているので、逆にそこが、俺にとっては好ましく感じる次第である。

 

文月七日(日)

神楽坂ディメンジョンにて、
OUTBURSTのライブを見た。
スラッシュ〜デスメタルを幅広く消化したリフ中心の激しい曲を、着実な演奏力で聴かせる素晴らしいバンドである。
8/3に横浜のメタル系イベントにも参加するらしい。要注目!

>私信
ちなみにIRON THUMBはそのイベントにゃ誘われてません。

滝本竜彦「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」を読んだのだが、まあまあだった。
貸してくれた先輩に「これ、文庫で出せば十分じゃないですか」と言ったら「みんなそう言うよ」とのこと。
そりゃそうだ。
「自分でも書けそうだけど、とりあえず面白かった」というのと、「自分には書けそうもない小説で、非常に面白い」という
二つの感想には、天と地以上の距離があるのだ。

映画
「シド・アンド・ナンシー」を観た。
1986年頃の映画なのだが、主演(シド役)がゲイリー・オールドマンであり意外に似合っていた。
ピストルズの出てくる部分ではジョン・ライドン役がかっこよかった。
全体的にはシドとナンシーがドラッグをキメキメでラリラリで転落していく様を延々見せられるというもので、シド・ヴィシャス個人が
大好きですといった人でなければ楽しめぬ内容。

人生には上るもなく下るもなく、ただもとの場所から離れていくだけ、という認識。

RUNNING WILD/UNDER JOLLY ROGER
RUNNING WILD/PORT ROYAL
STRATOVARIUS/TWILIGHT TIME
DIZZY MIZZ LIZZY/ROTATOR
を購入。どれも二線級の作品ではあるが、安く買えたのでよしとする。

 

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