Sep, 2004

 

長月二十八日 (火) その二

土曜日、「マラソンリーディング」なる催しの音響の手伝いとして新宿文化センターへ。
歌人や詩人が集まって自作の歌や詩を朗読する集まりであり、別にマラトンの戦いの記録を読み上げる追悼式などではない。
出演者自身の演出により、照明や音楽も用いる。
持ち時間の五分間で、ちょっとした「舞台」を作り上げるわけだ。

三十一人の朗読を聞いたのだが、あんまり良くなかった。
ごく一部の人は声が小さく、マイクを通していたとはいえ客席に作品が伝わったかどうか疑問が残る。
朗読という手段をとったのならば、せめてマイクに届くくらいの声で読んでほしいものだと思う。

ノートパソコンを持ち込んでプロジェクターで映像を投影しながら朗読しようとした歌人がいた。
しかし、スクリーンセイバーを投影しただけで、朗読の内容とは特に関係がなかった。
彼の表現が客席に伝わったかどうか大いに疑問が残る。
短歌も全然良くなかった。

朗々と読み上げる人、演劇的に朗読する人に関しては、概して好印象を持った。
俺は短歌の善し悪しはよく分からず、音声的な部分で判断するしかなかったので。
ただ、善し悪しでなく好悪で判断するならば、出演者の歌は愛とか永遠とか青臭いことを歌ってるのが多く、そういうのは嫌い。

催事全体としては閉塞感が漂うというか、沈鬱というか、重苦しいというか、堅苦しいというか、あんまりいい雰囲気じゃなかった。
単にそういうものであり、俺がその雰囲気になじまなかっただけなのかもしれない。

来賓として招かれていた櫂未知子氏、穂村弘氏、高橋源一郎氏の朗読は大変よかった。
やはりその道で食っている人々は違うもんだと思った。
プロ意識というか、娯楽性というか、アマチュア歌人たちとは明らかに違う精神を持ち、また、技術を駆使していたように思う。

短歌や詩を「書く」に留まらず、「読み上げる」ことを表現手段として選んだのはかっこいい。
けれど、表現がそこから先に至っていないので、アマチュアの皆さんは、もっと観客の心を動かすことを意識してみてはどうか。
たぶん照明も音楽も朗読も、独り善がりだったのだと、思い返してみて感じる。

 

長月二十八日 (火)

パソコンがスパイウェアに侵入されまくり、どうしようもなくなったので、OSを入れ直した。
それでなんとか収拾がついて、ひと安心。
しかし電子メールを保存していなかったことに気づいて、のたうち回ることしばし。

それから、グラフィックボードのドライバも実家に置いてきてしまったため、現在16色で画面を使用中。
フォトショップ等には、色数の少なさで起動を断られたりする。
インターネットを徘徊しても、普段とまったく違う見え方をしたりする。
これはこれで面白いが、もう飽きたので、さっさとなんとかしたい。

 

長月二十四日 (金)

む。
アガサ・クリスティ「カーテン ポアロ最後の事件」を友人に勧められて読んだ。
簡潔にして明瞭、大変面白かった。
さすがクリスティ御大。
エルキュール・ポアロにとっては、本当に最後の事件になってしまい、それが寂しい。

うむ。
ロード・ダンセイニ「魔法使いの弟子」を読んだ。
スペインの黄金時代を舞台に、魔法使いに弟子入りにいく領主の息子の冒険を描いた物語。
'20年代に書かれた小説で、領主の長男である主人公、領主夫妻、主人公の妹、魔法使い、誰もがおとぎ話のごとき類型化された人物として造形されていた。
要するに古臭い小説で、それが良いといえば良いのだけど、今の俺にはそれを楽しむ余裕がなかったことだよ。

MAYHEM / CHIMERAを改めて聴いてみたが、かっこいいじゃない。
原初ブラック系で、演奏が上手で録音もきれいとなれば、かっこよくないわけがないのだが、加えて
MAYHEMはドラムがヘルハマー様だからなあ。
このアルバムでは超絶っていうほど超絶ではないドラミングだけれど、異常に音粒のそろったバスドラ連打や、尋常でなく滑らかなタム回しにはやっぱり興奮する。
いま、ヘルハマー様はデジロックにしか興味がないのかと思っていたけれど、少なくとも自分のバンドにテクノ臭を持ち込む気はないらしい。安心。

ヘルハマーで思い出したけど、
サガノヘルマーって今どこでまんが描いてるんだ?

 

長月十七日 (金)


某有名メタルバンドの新作を、インターネット経由で不法に入手した。
バンド名は伏せるが感想を書く。
ここ数作品の傾向から、メタルでなくなってしまってんだろうな、と斜に構えて聴き始めたが、メタリックなギターの刻みから始まったので驚いた。
違うバンドのCDをダウンロードしてしまったのではないかと疑ってしまった。
だが、すぐにあの有名なギターボーカルのお兄さんの声が聞こえてきたので、やっぱり本物だった。
全体的にメタリックになっていたり、過去の名作で聞いたようなリフが出てきたり、ちょっぴり先祖がえりを起こしているような作品だと思った。
残念ながら、俺の好きだった頃のこのバンドとはやはり別物。
好き嫌いを別にすれば、悪くない作品。
作風が作風だけに、けっこう売れそう。

メタリカにつられたのかなんなのか、少しだけメタル回帰をしているところが惜しい。
もっとメタリックに、もっと技巧的なギターリフを奏でて欲しいのだよ。
こうなると、マーティがいないのがますます寂しくなるよ。

いや、マーティ・マクフライのバンド「ピンヘッド」の話題だったんだけどね。


三月までアルバイトをしていた会社から電話がかかってきた。
二日だけ仕事があるが、働きにこないか、とのこと。
まるで俺の今の生活を見透かしたかのような電話。
ふたつ返事で引き受けた。

四月に事務所が移転したというので道に迷いはしないかと危惧したが、杞憂だった。
駅前の一等地だった。前に比べるとえらく広い。
しかし、会社がでかくなっても中身は同じで安心した。

派遣のお姉さんたちと一緒に単純作業にいそしんだ。
ノートパソコンで仕事をしていたお姉さんが「これ、保存していいんですか」と質問したのには、正直参った。
保存しなかったら、パソコンの仕事なんて何の意味があるのだろうか。
派遣で働いてるやつの能力なんて、しょせんそんなもんなの?
暗ーい気持ちになるのであった。

「肉が好きな人って血の気が多いって言うよね」
言わねえよ。
というわけで気付いたんだが、オフィスレディたちって物事を一般化するのが好きなんだな、きっと。
血液型占いを信じるとか、上掲の肉の話なんかが、その例。
その分析能力が低くて、抽出された法則に歪みが出ちゃったりして、聞いているこちらとしては笑ってしまうわけだけど。
さらにその歪んだ法則を基に、真剣に意見を戦わしている彼女らを見ると、笑いを通り越した何かになるが、とりあえずしゃべってないで仕事してくれ。
なんにせよサーファーでないだけましだが。

オタクがオタクに訊ねる「おたく、犬派? それとも猫派?」という質問は、それが単に好みの方向性を問うているだけという点において、会社女性達の
発するそれと決定的に異なる。
会社女性のみでなく、合コンでうまくやる人種の男性も同様である。
と、一般社会に対する怨嗟を満載した歪んだ分析を書きながら、俺は徐々に暗ーい気持ちになるのであった。

オタクはオタクで、犬好きの相手に猫の良さを延々と説教してしまったりするので、それはそれで問題だなあ。

WASP / WASP入手。
ああいうナリをしている人達だからきっと音楽も荒々しいグラムロックに違いないと想像していたのだが、間違ってなかった。
というか大正解。
NWOBHM、スラッシュメタルあたりの波に呑み込まれてない'80年代のメタルバンドって、大体こんな感じだよな。
'80年代回帰が流行だというけれど、LAメタルも再流行しないかなあ。
あ、二曲目の「I wanna be somebody」は、アメリカ方面にとんと暗い俺でも知ってた。

とか書いてきたけど、
WASPが'80年代アメリカじゃなかったら許して下さい。

'90年代には'70年代が再燃し、'00年代には'80年代が、'80年代には'60年代が再燃した。
きっと、'10年代には'90年代が流行するに違いない。
その時に備えて、今から'90年代ビクター発メタルの生き字引として地歩を固めていこうと決意。
夕方のエフエム放送で、来賓として「ANGRAがデビューした頃のメタル界」を語るのを当面の目標とす(ニルバーナについては知らぬ存ぜぬで通す)。

VAGABOND / VAGABOND
最強ボーカリスト、ヨルン・ランデ(vo)と
TNTのロニー・ル・テクロ(gt)が組んだ作品。1994年。
典型的な、売れない'90年代型ハードロックだ。
時代が時代だけに、その「売れない匂い」がまたたまらなくそそる。
五曲目なんかがなまじ聴ける曲だったりするのもまた良い。
全体として曲が良くないんだけど。
もっと早くに買っておけばよかった、と軽く後悔。
この面子でどうしてこんなに良くないアルバムができるかなあ。
決して悪くはないんだけど、それ以上に「良い」とは言えない…。

 

長月十五日 (水)

日本は「侘び」「寂び」「萌え」の国だそうで…。
まあ、「天皇を中心とした神の国」よりはマシかな。

「本当ならばいまごろ、僕のベッドには あなたが あなたが あなたが いてほしい」
と歌ったのは
ブルーハーツだが、本当ならば今ごろは敬老の日の夜。
体育の日、敬老の日、成人の日なんかが月曜日に移されたわけだが、元もと体育の日だった十月十日は、統計的に晴れになりやすい日だから
「体育の日」として制定されたのではなかったかしらん。
東京オリンピックもからんでた気がする。
ずらしても良かったのかな。
秋分や春分をずらすよりはマシだけど。

 

長月十四日 (火)

中島らも「恋は底ぢから」を読了。
色んなところに書いた、恋愛に関するエッセイ等を集めた単行本。
中島氏、こんな文章を書いてしまった自分が恥ずかしいらしい。
確かに、普段の文章からするとかけ離れたものがあると思うけど、これはこれで新鮮でよいものだ。

 

長月十一日 (土) その三

九月五日、渋谷デセオにて行われた
captorcrat主催の「21世紀旗手」第一回集会に参加。
漁港、ゲビル、Hands Clap Gang、掟ポルシェ、赤色彗星という、そうそうたるメンスだった。
もとい、面子だった。
ヘヴィメタルはcaptorcratだけ。
ゲビルもメタルに入るのかな。
そうそうたる、と書いたものの、じつはどれも見るのは初めてだった。

娯楽に特化したバンド/ユニットが集合。
非常に楽しい一夜だった。
特に漁港のフィッシュ・ロックには参った。

娯楽ということ、ヘヴィメタルであること、その双方を進むIRON THUMBとして、考えさせられるところも大きな夜だった。
俺はお化粧系の音楽を馬鹿にするけど、頭の軽い女子どもにもわかりやすい形で音楽を提供する彼らの方が「娯楽」としては優等生ではないのか。
ならばヘヴィメタルにこだわることで、IRON THUMBには何ができるんだろうか。
笑いの要素を排除して、生真面目にメロディックメタルだけを演ったら、俺はどこまでいけるんだろうか。

中島らも「ガダラの豚」読了。
アフリカの呪術を研究する大生部教授が、悪の呪術師から家族を守るために奮闘するお話だ。
読むのは二度目だが、面白すぎる。
どこまで博学で、どこまで文章が上手なら気が済むんだ、らもさんは。
文庫だと三分冊なのだが、夜中に二冊目を読み終えてなお先が気になって仕方がないため、三冊目は明け方に一気に読んだ。
この作品は後半で人がたくさん死んでうんざりしてしまうので、読後の快さは
「今夜、すべてのバーで」に一歩劣ると感じるが、
分量や内容ではこちらの方が強力かもしれない。


IRON THUMBのサイトトップとは別に、こちらにもカウンタを設置して約一ヶ月。
最初は閲覧回数でIRON THUMBに負けていたが、だんだん追い上げてきた模様だ。
自分で書いていながらなんだが、こんな文章を誰が読んでいるのかといぶかしむ。
ヘヴィメタル、まんが、小説、映画についての自分勝手な評論が脈絡も無く延々と続く奇妙なサイトだから。
誰かに読ませたいのではなく、純粋にオナニー。

でも、閲覧されるのは嬉しいので問題ない。

 

長月十一日 (土) その二

珍しく日記。

上石神井で緒太先輩、
こかとりす東和と寿司を食し、さらに河岸を変えて高田馬場の土風炉にて一杯。
緒太さんは蕎麦を打ちに埼玉の奥地へと旅立ったので、馬場では同期三人組で酌み交わした。
オタクサークル出身の三人組が「恋愛はどうよ」「ディズニーシーはどうよ」「To Heartはどうよ」とファンタジックな話をした。

さらに悪い板橋実は良い東和の家へ侵攻。
スーパーカップ(バニラ)までおごってもらい多幸感に包まれる。
東和が女だったら結婚したいです♪
あと、こかとりすは北方三国志をまんが化しろ♪
酔っ払った東和がMSNメッセンジャーの操作で四苦八苦するのを横目で見もせず、
「のだめカンタービレ」を九巻まで一気読み。
午前三時、歩いて帰宅。

日記に書き留めておきたくなるような、素晴らしい一夜だったんだ。
映画で言うと「スタンド・バイ・ミー」とか「スリーパーズ」みたいなもんだったんだ。


水曜の夜は、某
バーストのベーシスト宅に押しかけてだらだらした。
ここでもチョコレートのお菓子をご馳走になりまして、ありがとうございました。
挙句
U.F.O.のライブ盤とIll Ninoのアルバムも焼いてもらったりしてな。
何しに行ったのかと問われれば、たかりに行ったとしか答え様がない。
今月の俺は、ちょっと性質が悪いぜ。

そうそう、IRON THUMBのライブの翌日に吉祥寺クレッシェンドで
OUTBURSTcaptorcratが無料公演をやるらしいぜ。
詳細は俺も分からないんで、興味がある奴は彼らのサイトをご覧じろ。

 

長月十一日 (土)

テロルのことは考えたくないよ。

今年は菊の節句を祝い忘れた、無念。

ENSIFERUMKORPKLAANIだとヴァイキングづいている昨今だが、やはり基本はRUNNING WILDであろう。
彼らはヴァイキングというよりパイレーツ。

無理矢理ヘヴィメタルの話をしているが、今週は
Earth, wind and fire(ファンク)やスティーヴ・ライヒ(現代音楽)を一生懸命聴いている。
普段耳にしない音楽なので面白い。

CHROMING ROSEのロゴなら、体に墨を入れてもいいなあ、と妄想した。
どうせ行動には移さない。

河田雄志「島国ロマンス万力高校」、何がまずいってプロのまんが家のくせに吹き出しが裁ちきり線の外側にあるのがまずい。
写植は線の内側に打つという内規があるらしく、科白がばっちり吹き出しの上にかぶっておる。
こいつ、本当にプロのまんが家か?
どっかの大学のまんがサークル作品だったりするんじゃないのか?

 

長月十日 (金) その二

Ensiferum / Ensiferumを入手。
フィンランド発のヴァイキング・メタルで、2001年の作品。
最近ヴァイキングといえば
BATHORYばっかりだったので、毛色の違うEnsiferumのメタルが新鮮。
こいつらは
Children of Bodomの同郷だけあって、ギターがちょっと細かいフレーズを聴かせてくれる。
BATHORYENSLAVEDみたいにしつこいほど同じパートが繰り返されるわけでもなく、普通のヘヴィメタル寄りのバンドだと感じた。
もちろん、肝心のメロディはクサくかつ勇壮であり、大満足。


「バトルランナー」は、お気軽に楽しめる阿呆ハリウッド映画。
近未来、情報統制された米国で、テレビの見世物として殺人を繰り広げる番組にシュワルツェネッガーが放り込まれ…というお決まりのドタバタである。
暴力描写もあるが、登場人物たちの馬鹿馬鹿しい出で立ちによって、暴力のパロディめいた表現と化している。
というか、要するに馬鹿映画。
シュワ公がちょっともったいないような気もする。
観るのはこれで三度目か。

「ロード・オブ・ザ・リング 旅の仲間」。件の映画化。
ホビットが山へ指輪を捨てに行く話。
この映画には、賛否両論あるようだ。
突っ込みたいところも山ほどあるのだが、あの巨大な原作を映像化しただけでも凄いことなので、俺は賛同に一票入れておく。
「指輪物語」とは関係ない、別物の映画と考えれば気にならない。

「処刑教室II クラス・オブ・1999」
教育困難校に教師が赴任してくるが、その教師がじつは殺人アンドロイドだったという話。
ハリウッドの生み出した、最高の阿呆映画のひとつ。
これも五回くらい観てると思う。
前作よりもさらに予算が削られているのがよく分かる。
安い作りだが、その範囲内でちゃんと話が流れていく。物語自体に破綻はない。
ただし、設定や結末、台詞回しがとてもすごい。

 

長月十日 (金) ゲームは一日八時間

仕事を辞めたら、曜日や日にちの感覚が狂ってきた。
時間の感覚は既にない。

八月九日に見たライブの感想を軽く書いておく。
もう忘れてそうで怖いな。

赤坂MOVEというおしゃれなハコに、
モンハン溺れたエビの検死報告書今沢カゲロウNosfell等が出演した。
モンハンの人が、「今回の出演者で俺たちが一番まともじゃねえか」と呟いていたが、確かに普通のバンド形式で出演したのはモンハンだけだったな。
とはいえ、その点を除けばモンハンだって十分奇妙なバンドだ。
だから好きなんだしな。

モンハンはumezy氏が抜けて以来、ギタリストは一人なのかな?
それ以外は、二年程前に見たときと変わらない編成だったと思う。
演奏の完成度の高さも、記憶にある彼らの姿と違わず素晴らしかった。
特に、ウジャビンビンさんのベースがかっこいい。

今回のお目当てであった
溺れたエビの検死報告書は、前回見た秋葉原の公演よりも人数が減って、楽器の構成が変わっていた、と思う。
彼らがどんなバンドなのかどんな音楽をやっているのか、文章では説明できないので、興味のある人はサイトでもライブでも見てください。
ともかく、この夜もエビは素晴らしい舞台を見せてくれた。
十二月にはcaptorcratの企画に出演するらしいので、奇妙なものが好きな方は、必見ですよ。小林さん。(小林さん…誰?)

そのエビと一緒にツアーをしていたのがフランス人のNosfell(ノスフェル)さんで、これがまた面白かった。
ディレイエフェクタで声をループさせて、その上に歌とギターを乗せる形式を採るソロアーティスト。
(この説明、分かりにくくてすいません)
ボイスパーカッション、歌唱力、表現力、どれもすごく高くて、人間がひとりで表現できることの多さに気付かされた。
感動した。

「ベース忍者」こと今沢カゲロウは、これもやはりリフをループさせておいて、さらにその上にベースを乗せる形式。
足でエフェクタを操作しながら六弦フレットレスをスラップし続ける、ベースの天才。
あんまり凄くて、感覚が麻痺してしまった。
楽器をやってない人だと、逆に凄さが分からないかも知れない、なんて心配は無用なんだろうか。

その今沢カゲロウ氏の
サイトを拝見したのだが、八月にルーマニアを公演してきたという。
その八月の日記がすこぶる面白い。
単なる旅行記といってしまえばそれまでだが、旅人の生の声がそのまま聞こえてくる文章だから面白い。
旅の状況からして面白い。
俺もこんな風に旅暮らしをしてみたいものだ。ねえ、大林さん?(大林さん…だから、誰?)

メロスピのバンドを適当に作って、ヨーロッパ公演をしてみたいな。

 

長月九日 (木)

河田雄志「島国ロマンス万力高校」花輪和一「不成仏霊童女」を購入。

前者は月刊チャンピオン連載中の、つまらないことこの上ないまんが。
とはいえ「どんどこオールスター」や「うんけん」「賞味期限あり」よりは面白いわけだが。
その中でも単行本が出て、それを買うことがちゃんとネタになりうる作品、という、非常に微妙な位置に在るまんが。

月チャンといえば、今井智文の四コマが始まったのは嬉しい。
週刊と月刊でネタの使い分けをしているところも、好感がもてる。

後者は言わずと知れた花輪大先生の単行本。
とか言いながら、俺は今まで刑務所ものの単行本しか買っていなかったので、本領である室町仏教絵巻の方は初体験。
この作者にとっては刑務所の中を解説するのも仏教用語を解説するのも同じ地平にあるようで、違和感なく読める感じ。
鬼が出てきたり虫が出てきたりするので、こちらの方が読み手を選ぶ側面はあるだろうけども。
俺は大好きだ。

 

長月八日 (水)

映画
「M・バタフライ」「バイオハザード」「ウェインズ・ワールド2」「バトルランナー」「ロード・オブ・ザ・リング 旅の仲間」「処刑教室II クラス・オブ・1999」を観た。

「M・バタフライ」は、ジョン・ローンのファンの間ではあんまり評判がよろしくないのだが、観てその理由が分かった。
開始から三十分くらいまで、どこにジョン・ローンがいるのか分からなかったりした。
でもジョン・ローンの美しさを再確認できる良い映画だと思う。
クローネンバーグ監督作品の割には、物語も分かりやすいしね。

「バイオハザード」は、愛すべきハリウッド映画だ。
辻褄が合ってなければ、教訓も何もないという、俺の好きな種類。
特に、特殊部隊員五人くらいが一気に惨殺される場面は、爆笑もの。
コンピューターから逃走経路を聞き出して逃げる場面も、馬鹿っぽくていいぞ。
続編の「2」はもうちょっと金をかけている様子なのが怖い、というか寒い…。

「ウェインズ・ワールド2」に敏腕プロデューサー役でクリストファー・ウォーケンが出ていて驚いた。
そういや、前作もTV局重役がロブ・ロウだったな。
出演者が豪華なのも、映画の売りなんだな。
Aero Smithが今回の一番の売りだったわけだが、前回のアリス・クーパーほどには面白いことをしてくれたわけでもなかったので残念。
だけど、前作と同じかそれ以上に笑える映画だと思う。

 

長月四日 (土)

ロシアでは、テロルで何百人もの児童が死傷したそうだ。
しばらく新聞を読んでいなかったのだが、たまに読んでみればこれだ。
あんまりだろう。
政治も闘争も、児童や大仏と関係ないところでやってほしいものだ。

プーチンもチェチェンくらい独立させてやれよ、と思っていたけれど、ドゥダエフ首相(故)にも同情するけど、今回のチェチェンによるテロルに同情の余地はない。
以前の劇場占拠もひどかったけど、あれは流血が少なかったからまだマシだよな。
今回のは、いくらなんでもひどすぎるよ。


ブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」のことを考えていたら、アメリカ人探険家の名前が思い出せなくなっていたので、インターネットで調べてみた。
その途上、ストーカーの書評に面白いのがあったので転載してみる。
ストーカーが物語を書くにあたって、五種類の伝承を基にしたのだそうだ。
全文はこちら:
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0380.html

 第1には、15世紀半ばにトランシルヴァニアの城主ヴラド・ドラキュラがバルカン半島に侵入してきたトルコ軍と激烈に闘い、長命を保ったということ、
 第2に、それから約150年後にバートリー伯爵夫人という女性が650人もの処女を殺害し、 その血で入浴したかどで終身刑になったこと、
 第3に、1884年のプロガチアでモロヴィッツという男の死骸がまったく腐敗せずに、しかも歯が異常にのびて口の外にはみだしている状態で発掘されたこと、
 第4に、セルビアで「ノスフェラトゥ」とよばれる男がやはり歯がのびて腐敗しないので、人々が杭を打ちこんでとどめを刺したこと、
 そして第5にトランシルヴァニアあたりを起源にヨーロッパに流れこんできたジプシーの一族に伝わる伝承に吸血鬼の物語が各種含まれていたこと、
 この5つの素材である。


俺、最初のふたつしか知らなかったよ。
ノスフェラトゥは名前だけ知ってたけど、そういう伝承だったんだね。
二つ目は、ヘヴィ・メタル・ファンにはおなじみの
BATHORYでござい。

…いや、むしろプロガチアはどこの地名だ?
なんだか東欧みたいな名前だが、ネットで検索しても全然見つからない。
というか、元の綴りがどんなものだか分からないので、検索しようがない。
どなたかご存知の方は教えて下さい。

テキサス野郎の名前はキンシー・モリスだった。
登場人物たちの中で彼の名前は、ヴァン・ヘルシング教授はもちろんのこと、ハーカーやレンフィールドに比べても無名の存在らしい。
俺は結構好きだったんだけどな。
愛する女のために戦って、仲間に看取られながら死んでいくのは、ひょっとしたら月並みなハッピイエンドよりもかっこいいかもしれない。
それが、俺がモリスに惹かれる理由なんだろう。

カウンテス・バートリーで思い出したけど、
「指輪物語」のオーク部隊長にグリシュナッハというのが登場する。
これは、ひょっとするとBURZUMの首謀者カウント・グリシュナックの名前の元ネタではないかしら。

 

長月三日 (金) その二

「指輪物語」において、彼らの冒険の舞台である中つ国は、共通語、エルフ語、ドワーフ語等など、様々な言語の飛び交う世界である。
ホビット族が主人公として描かれているから、彼らの使う共通語が軸になる。
異言語であるエルフ語は、ホビットたちには理解できないことも多く、本文中でも片仮名表記になっている。
共通語の名詞まで片仮名にしてしまってはエルフ語の異国情緒・神秘性が薄れるため、瀬田貞二氏は固有名詞を敢えて
日本語に訳したのではないか、と考えてみた。

もちろん、英語だから日本語に訳したという見方もできるけれど、それじゃ寂しい。


奈月ゆう「光の降るとき」を読んだ。
講談社ティーンズエックス文庫の作品だが、そんなにはじけた少女小説文体でもなく、なかなか読める感じ。
と思ったら、2003年の作品。
'90年代初頭の様な文体で書かれてたら、逆に売れないんだろうなあ、いまどきは。憶測だけど。
なんであれ、花井愛子よりは奈月ゆうの方がよっぽど好きだな。
中身は、女子高生がストリートミュージシャンと知り合って恋仲になるというもの。
そこだけ取り出すとまるで折原みとのような小説だが、奈月ゆうはその辺のさじ加減も心得ており、ちゃんと地に足のついた生活感が織り込まれていた。
ただ、両親との和解の場面は、紙幅が足りなかったのかちょっと駆け足過ぎた印象。

漫画サンデー連載の「カブキン」も、ひとつの話にもうちょっと頁数を割いて欲しいと思うときがあるけど、それと同じだね。
奈月ゆう「カブキン」も、作者の才能よりは、それが掲載される媒体によって表現を制限されているのではないかな。
秋山瑞人のときに同じ事を書いた覚えがあるが…。

ロドリゲス井之介「ぴんちら」もそうなんだよな。
いや、それよりも、ロドリゲス井之介は漫サンよりも上の雑誌で描ける実力のあるまんが家だと思うんだが、なぜ漫サンに留まっているのだろうねえ。

そういや今週で漫画ゴラクの
「売王(バイキング)」が終了。
土山しげる先生、次はどんな題名の連載で登場するのかな。楽しみだ。

 

長月三日 (金)

いわゆるウイニーに関する情報。
こちら
地味なgifアニメがまた良い。
そういえば腹が減ったな。

伏目Worksにリンクを貼った。
18禁ギャラリイがいつ開店するのかは今もって謎だが、コーさんにはいつもお世話になっており、ありがとうございます。
本をもらったり差し入れを頂いたり…考えてみると物をもらってばっかり。

 

長月二日 (木)

昨日は将来への不安で胸が一杯でついつい断食修行をしてしまったが、今日はちゃんと物を食べた。
いまの勢い(あるいは、勢いのなさ)では、間違って餓死しかねんので注意が必要だ。

「指輪物語」は、瀬田貞二氏の名訳が光る作品でもある。
フロドの持つ剣・Stingが「つらぬき丸」と訳されていたり、他にも原語では何と呼んでいるのか分からぬが「野伏」とか「馳夫」などなど、
ちょっとした工夫が凝らされているのが憎い。
現在ではこうした固有名詞は片仮名で訳してしまうのが主流なので、この工夫が嬉しい。

他にどんな作品を訳しているのだろう、と気になって調べてみたところ、トールキンの作品の大部分に加え、海外児童文学の翻訳
(代表的なものとして「三びきのやぎのがらがらどん」等)、日本民話の再話など、児童文学の畑の方らしい。
詳しくはこちら。
http://www.fantasy.fromc.com/tolkien/seta.shtml

道理で地の文がこんなに柔らかいわけだ。
言われてみれば、海外児童文学の翻訳者にしかない芯の強い柔らかさが、確かにある。
エンデの訳でおなじみの石井桃子氏とも親交があったらしい、たぶん。

  原題は「THE THREE BILLY GOATS GRUFF」。「GRUFF」は「どら声、がらがら声」という意味です
  (引用、同じサイトより)

それで「がらがらどん」なのか、と膝を打つ夜。
同時に、瀬田貞二氏の訳の素晴らしさに胸を打たれる。
たとえば「がらがら声の三匹の山羊」などと直訳で邦題が付いていたら、きっとここまで読み継がれる絵本にはなっていなかったと思う。


先日ちょっと触れた
Tygers of Pang Tangは、イギリスのバンドらしい。だったと思う。
ジョン・サイクスがいたんだっけな。
よく覚えてない。
バンド名しか知らないので誰かCD下さい。

 

長月一日 (水) その二

指輪物語
「旅の仲間」を読了。
最初に想像していたのよりも読みやすい印象。
思っていた通り重厚ではあるけれど、文章が平易でたいへん読みやすい。
エディスンの「ウロボロス」やマーヴィン・ピークの「ゴーメンガースト」に比べれば読みやすいことこの上なし。
(高校生の頃挑戦して挫折した「ゴーメンガースト」だが、再挑戦してみようかな…)

冒険に次ぐ冒険とはいかないものの、代わりに「旅」に主眼の置かれている小説としてとても面白い。
ムアコックやゼラズニイなどの新しい世代とは明らかに区別される何かがあるわけだが…。
それが何なのか、ちょっと分からない。

この時点ではメリーとピピンの性格の描写が不十分で、あんまり区別がつかないのが難。
この点においては、トールキンも、大学の同僚であるC・S・ルイスに一歩ひけを取るかな。
分量、規模ともにトールキンの方が大きいわけだが、それだけ拡散してしまうと登場人物一人一人に注ぐ描写が減るのかしらん。
この先を読み進めてみれば分かることだけど。
ちなみに、ムアコックの場合、物語の規模を大きくしすぎて、逆にこちらが規模を把握できなくなったりする。

望みが少なくなり、旅の仲間は離散し、さてこれからどうなるのだろう。
先が気になって仕方ない。
同時に、あんまり希望が少なくて重苦しいようだったら読みたくないなあ。

第二章「二つの塔」冒頭でxxxが戦死して衝撃。
友人達が彼を送る場面で泣いてしまった。

余談だが、
マイケル・ムアコック「エルリック・サーガ」にはパン・タンなる地方が登場する。
エルリックとその地の魔術師との間に確執が生じたりする。
最終決戦に際して、パン・タンの魔術師は虎を率いて登場するわけだが、ひょっとして、これが
Tygers of Pang Tangの名前の由来なのかな。

 

長月一日 (水) その一・楽しい落伍者生活初日

仕事を辞めた。
俺は仕事を辞めた。
サーファー上司についていけなかったからだ。
他にも色々あるがここには書かない。

 

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